ルピシアだより 2014年7月号
この特集は、ルピシアだより2014年7月号に掲載した内容です。ルピシアだよりとは?
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烏龍茶の最高峰へ

台湾春摘み茶紀行2014

世界に名だたる烏龍茶の名産地・台湾。
最高の旬の一つ、春摘み茶シーズン真っ盛りの4月下旬おたより取材班は標高1,000m以上に広がる高山茶(こうざんちゃ)の茶園を中心に主要産地を訪問。
台湾茶の魅力と秘密を探ってきました。

台湾の高山茶(こうざんちゃ)とは?

主に台湾を南北に連なる3,000m級の中央山脈沿い、標高1,000m以上の産地で作られる烏龍茶のこと。南投県竹山鎮(杉林渓)、嘉義県阿里山郷、台中市和平区(梨山)などが主要産地。作付可能な土地が限られている上、高山特有の寒冷な気候により収穫量も少なく、希少な最高級品として知られています。

南国リゾートの爽やかな緑の烏龍茶

沖縄のさらに南の島国・台湾。近年、グルメや美術鑑賞、マッサージに温泉など、上質な大人のリゾート地として年間約130万人の人が訪問するなど、日本人にも大変親しまれています。

そしてお茶好きにとっては、魅力に満ちた烏龍茶産地が軒を連ねる、大切な土地の一つ。

お茶発祥の地、中国の一般的な烏龍茶の水色(すいしょく=カップに注いだときの色み)が茶色く焙煎を含めた風味と香気を味わうものであるのに対し、特に現代の台湾茶の主流は「緑の烏龍茶」、「清香(チンシャン)」などと呼ばれる爽やかな風味と香気、エメラルドや翡翠(ひすい)を思わせる青々とした茶葉の仕上げが特徴です。

約200年前に茶樹と烏龍茶の製法を台湾に伝えた本家である中国・福建省安渓などの産地にも、台湾独特の製法が逆に伝わって、大変な人気を博しています。

台湾烏龍茶の頂点 高山の茶葉を求めて

甘露のような甘み、可憐な花々を想起させる繊細な香り、いつまでも続くふくよかな余韻が爽やかな清風のように一体となった、誰もが夢中になる味わい。

専門家でも完全に把握しきれないほど品種や種類の多い台湾の銘茶のなかでも、標高1,000m以上の茶園で育まれた烏龍茶の総称である高山茶(こうざんちゃ)が、この産地ならではの「緑の烏龍茶」の頂点に立つ、最上級品であることは、誰も疑うことがありません。

その反面、現地の「山師と茶師、作家の言葉は信用ができない」ということわざを証明するかのように、台湾国内はもとより、タイやベトナムなどで生産された大量の偽物も横行しています。

今回、おたより取材班は、4月下旬の春摘み茶シーズン真っ盛りの主要産地を、台湾担当のバイヤー、現地スタッフと一緒に訪問。 特にこの希少な高山茶の風味の秘密を探りに出発しました。

名人いわく「考えるな!感じるんだ」

「お茶の風味には、この山のすべてがある。あとは自分自身で感じるしかないよ」

坪林、名間、凍頂山、竹山など各地の産地を訪問しながら山を登り進め、標高1,700mにある南投県の名産地、杉林渓のバンガローまで到着したのは夜半過ぎ。我々を待っていたお茶作り名人・王さんは、高山茶について意気込んで質問を重ねるおたより取材班に、そう言って笑いました。

「さあ、明日は朝も早い。続きは茶園で話そう」

翌朝、夜明け前にバンガローを出発したスタッフ一同。数メートル先も見えない霧の中をかきわけ、狭い林道を進みます。杉林渓でもっとも標高が高い(2,200m)という茶園に到着すると、パッと明るく視野が広がり、故宮博物院の翡翠細工(ひすいざいく)のように、鮮やかに輝くお茶の新芽が、霧の中から浮かび上がりました。あまりに幻想的な様子に、何度も現地を訪問しているバイヤーも、いままでで杉林渓で見た中で最高の光景だと喜びを隠しきれません。

「ここは明日から茶摘みを迎えます。きっと素晴らしいお茶になりますよ」と微笑む王さん。

王さんに許可をもらい、柔らかな新芽を摘み生のまま噛みしめると、雑味がなく実においしい。清らかな青みの中に優しい甘み、かすかな花香の余韻を感じます。「これが高山茶の元なんだ」と思うと、静かな感動が自分の中に沸き上がってきました。

それはまるで、高山茶の名人に「お茶を感じる」極意を伝授されたひとときでした。

標高2,500m 天上の茶園にて

王さんに別れを告げた取材班は、さらに標高の高い茶園が並ぶ梨山などの産地を目指し北上。

台湾は九州よりすこし小さな島に、最高峰玉山(3,997m)をはじめ、富士山(3,776m)を超える高峰が10峰も南北に渡って連なる山岳国家。高山茶を始めとする多くのお茶産地は、これらの山麓に点在しています。

低地の湿った温かい空気と、山の寒冷な空気が交わり、霧や雲が沸き立つ。そこに南国の太陽光が優しく降り注ぐ、お茶にとって理想的な育成環境は、ダージリンやスリランカなど世界の名産地と共通しています。

ちなみに亜熱帯〜熱帯に位置する台湾の森林限界は標高3,000〜3,500m前後。寒さに弱い植物である茶樹も2,000m以上で育ちます。日本では標高600〜800mが限界ですから驚くべき高度です。

「ここは標高2,500mほど、台湾でも最高の高度の茶園の一つです」と、梨山のお茶名人・陳さんが案内してくれたのは、リンゴの果樹と一緒になった小さな茶園。中国・雲南省など大陸の山岳地帯から移住した退役軍人たちによる果樹栽培から開墾が始まった梨山エリアでは、このように果樹園を併設する風景も一般的。陽光の下で、すくすくと茶樹が新芽を伸ばす様子は、さながら小さな楽園のようです。

「高山の産地は、製茶の時も冷房で強制的に温度管理する必要がない。自然な山の香りを心から味わってほしい」と陳さんは真剣な表情で語りました。

おいしいお茶には理由があります

急斜面に建つ梨山の製茶場に近づくと、霧の中からどこからともなく、ジャスミンの花のような青い香りが漂ってきました。

朝摘みの茶葉を集めた萎凋(いちょう)作業の部屋に入った瞬間、かぐわしい香りで頭の中がクラクラするほどに。「発酵が最高潮になる深夜は、今の何倍も香りが強いよ」と、製茶場オーナーの林さん。

別フロアでは揉捻(じゅうねん)の作業中。茶葉を布でボール状に包んで丸め、圧力をかけて転がし、また布をほどきバラバラに戻す作業を昼夜を問わず20〜40回も繰り返します。手摘みによる上質な台湾茶は、お湯を注ぐと元のお茶の葉の形に戻り、3〜5煎以上も風味が保たれますが、その秘密はこの工程にあります。茶葉の細胞に細かい傷がつき、お茶の風味がスムーズに抽出されるのです。

林さんが管理する茶畑を訪問すると、地面はふかふかとベッドのような踏み心地。これは落花生の殻や大豆殻などの有機肥料による世話が行き届いているため。これらの肥料はお茶に甘みを与え、香りがよくなるとのこと。

こういったお茶に対する無数の手間と愛情の積み重ねが、台湾茶の高い品質と信用を守っています。

台湾の国道は、日本第2位の高山・北岳(3,193m)よりも高く、3,275mまで通じています。そこから1時間半ほど歩いて、標高3,416mの合歓山山頂へ。天候は晴れから曇り空、そして雷雨へとめまぐるしく変わりますが、どこか温和な印象なのは、ここが南国の島だからでしょうか?

バナナやマンゴーがたわわに実る沿岸部に吹く海風が、山々で霧や雲となって森をうるおし、茶樹をはじめとする無数の生命を育む。高山茶をはじめ、台湾のすべてのお茶の香りや風味は、この島の自然環境のエッセンスであり、かけがえのない宝物なのだと、高山の薄い空気の中で、心の底から感じたおたより取材班でした。